真綿で鉄の棒を包んだような絵〜ちひろの童画〜

Posted on 2018-12-22 by nakajima

2018年の今年で生誕100年…いわさきちひろ。
童画家としてあまりにも有名ですが、日本と満州での戦争体験が創作活動に大きな影響を与えています。

挿絵や広告の絵を描きながらも1960年頃より多くの童画を発表します。
(その頃の私は小学生でした。)
私の中学・高校時代はすでに多くの人を魅了する人気作家で、童画といえば「いわさきちひろ」だったような気がします。

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世界初の絵本美術館|ちひろ美術館 トップページ画像より

その夢のような世界は、男の自分にとっても憧れだったと同時に、表立って好きとは恥ずかしくって言えなかった記憶がありますが…。
(でもおそらく、いつかこんな絵を描けたら…と心の中で密かに思っていたのかもしれません。)
社会に出、友人に子供が生まれると、よくプレゼントしたのはいわさきちひろの絵本でした。

そして今なお年を重ねる毎に、そのシンプルな白い画面に新たな凄さを見いだしてしまう自分がいるのです。
どうしてこんなスゴい絵がかけるんだろう…これは、もうテクニックなんかじゃないなぁ…とつぶやきながら…。

故・福田繁雄氏(デザイナー)が学生時代に出会ったいわさきちひろの作品について語っているこんな文章があります。

「白っぽい画面の作品の前を通り過ぎて私は、ぎくりと立ち止まりました。
白いケント紙の中から生まれてきたような少女の絵です。
〈優しさという強さ〉これが、いわさきちひろさんの作品の前に立った第一印象でした。
そこには、子供のための童画とは視点を変えた、子供のために持たなければならない大人の責任、心、歌が描かれているように思えたのです」

私が選んだ いわさきちひろ展 (ひろしま美術館)より

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そしてこれは、いわさきちひろの言葉からですが…

青春時代のあの若々しい希望を何もかうち砕いてしまう戦争体験があったことが、私の生き方を大きく方向づけているんだと思います。
平和で、豊かで、美しく、かわいいものが本当に好きで、そういうものを壊していこうとする力に限りない怒りを感じます。
「教育評論」1972年11月号/対談集「私の教育」より

うろ覚えながら何かの記事で、海外の方が彼女の絵を評していた言葉がありました。
「表面は柔らかでも、とても固い信念が心を打つ…」こんなニュアンスだったかと思います。

そして、偶然見つけた記事に同じようなニュアンスの言葉がありました。

本当に優しい人だった。
優しいけど、心芯は強かったと思うよ。
ちひろは真綿で鉄の棒を包んだような人だって、うちの母は言っていた。

(いわさきちひろの姪・板倉明子氏談) 私が選んだ いわさきちひろ展 (ひろしま美術館)より

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何故いまだに、いわさきちひろが老若男女問わず支持されているのでしょう?
以下は松本猛氏の言葉です。

世の中には長く歌い継がれる歌がある。
「赤とんぼ」や「ふるさと」を口ずさむとなぜか子供時代を思い出す。

ジョン レノンの「イマジン」や森山良子の「さとうきび畑」を聞けば、世の中の争い事がなくなればいいと、自らの思いを重ねる。

時代を超えて歌い継がれる曲は、それを聞いたり歌ったりすることで、自分の中にある大切な想いを改めて実感できる喜びがある。

ちひろの絵を見て楽しむ人は、それと似た感情が生まれているのかもしれない。

松本 猛(安曇野ちひろ美術館館長) 別冊太陽いわさきちひろ平凡社刊より

(そういえば、メルヘンチック絵や詩を描いたやなせたかし氏も、ほぼ同じ年の生まれです。戦争体験が創作の使命感とつながってる世代なんですね。)
いわさきちひろのずば抜けた絵の上手さもさることながら、真綿で鉄の棒を包んだような絵は、子供時代からオジンとなった今でも私の心を打ち続けています。

いわさきちひろに関する著書はたくさんありますが、ぜひこのサイトもご覧ください。

世界初の絵本美術館|ちひろ美術館  https://chihiro.jp/

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世界初の絵本美術館|ちひろ美術館 トップページ画像より

 

 

 

 


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