言葉で描いたゴーギャン(ノボ村長の開拓日誌より)

Posted on 2018-10-10 by nakajima

当ギャラリー主宰の川嶋信雄氏は大のゴーギャン好き。
今回は、彼が超一級の本と賞賛する『ゴーギャンの世界(福永武彦著)』と、画集『GAUGUIN(ART GAllery 集英社刊)』を交互に見ながら綴ったエッセイをご紹介します。

『言葉で描いたゴーギャン』というタイトルで、川嶋氏のブログ集よりの抜粋です。

言葉で描いたゴーギャン

十数年前からゴーギャンに強く惹かれるようになりました。福永武彦『ゴーギャンの世界』を読んで惹かれる理由がわかってきました。

福永武彦『ゴーギャンの世界』(昭和36年刊)は、私にとってすばらしい出会いでした。

ゴーギャンに惹かれるといっても、私を惹きつけているのはいったい何かよくわかりませんでした。

「絵そのもの」なのか「作家の人生」なのか「タヒチという風土」なのか、それとも?

本文には次のような文章があります。

「問題は如何にして彼がタヒチに捉えられ、次第に深みにはまり込み、遂にそこから逃げられなくなったかという点にある。ゴーギャンがタヒチを掴(つか)んだのではなく、タヒチの方が彼を掴んで離さなくなった点にある。・・・」

私はこの本と画集を交互に見ながら、この文章の意味することがぼんやりとわかってきました。

いつか改めてそれを書いてみたいと思っています。

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さて『ゴーギャンの世界』には、ゴーギャンの友人であり『ノアノア』(「かぐわしい香り」の意。ゴーギャンの自伝的随想集)の共同編者であったシャルル・モリスという詩人の言葉が多く引用されています。

その中で、モリスがゴーギャンの顔について書いている文章が秀逸で、言葉だけで「ゴーギャンの自画像」が想像できるようでした。

モリスが言葉で描いた「ゴーギャンの自画像」、それは彼の性格、人間性を明らかにするだけでなく、それゆえの数奇な人生、それゆえの偉大な作品までをも想像させるものでした。………………………

この続きは、どうぞ下記のアドレスクリックしてご覧ください。
言葉で描いたゴーギャン『ノボ村長の開拓日誌』(2014.02.24)
http://d.hatena.ne.jp/kawasimanobuo/20140224/p1

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「黄色いキリストのある自画像」 1889

写真は『言葉で描いたゴーギャン(ノボ村長の開拓日誌)』2014.02.24〜より

福永武彦は最初の長編小説『風土』(昭和27年刊)を十年もかけて執筆したそうですが、その小説もまたゴーギャンと深い関わりがあるようです。
ゴーギャンとは真逆の容貌を持つ洗練された知性的作家である氏が、なにゆえゴーギャンにこれほどまで惹かれるのか。
その理由を知ることは、私にとっても深い意味をもつような気がしています。
今、『風土』を読み始めようとしているところです。

…川嶋氏はこんな言葉で結んでいますが、ぜひその後の福永武彦&ゴーギャン考察記のようなものを拝見したいものです。

(館長 中嶋)

ポール・ゴーギャン 「自画像(レ・ミゼラブル)」(1888)

ポール・ゴーギャン 「自画像(レ・ミゼラブル)」(1888)

 

ポール・ゴーギャン 「光輪のある自画像」(1889)

ポール・ゴーギャン 「光輪のある自画像」(1889)

 

ポール・ゴーギャン 「白馬」(1898)

ポール・ゴーギャン 「白馬」(1898)

 


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